1995年に第114回直木賞を受賞した小池真理子の傑作とのこと。昨年暮にTBSでドラマ化され、それを見たきっかけで原作を読んでみたくなり手に取りました。題名だけ見ると、いい年したおっさんが読むような小説ではないですが、内容は一人の女子大生が起こした殺人事件。

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舞台は1970年代初め。1972年(昭和47年)の冬に起きた連合赤軍浅間山荘事件の影で、同じ日に新聞には載ったが世間であまり注目されることのなかったある事件の話。鳥飼というノンフィクション作家が、新聞記事で偶然見つけたその小さな殺人事件の記事に興味をいだき、刑期を終えて既に出所していた主人公の犯人、矢野布美子から聴きだしたインタビューを通して物語が始まっていく。

英文学を研究するある大学の助教授、片瀬信太郎が、「ローズサロン」というイギリスの長編小説を翻訳する作業を手伝ってくれるアルバイトを募集し、そこで22歳の女子大生、若き日の矢野布美子と出会う。軽井沢で避暑を兼ねながら翻訳を手伝ううちに、やがて片瀬と、その妻雛子、主人公布美子との不思議な三角関係が始まるという設定。その軽井沢の別荘にたまたま電気工事で訪ねてきた近所の電器店の若者と雛子が発作的な恋愛関係に堕ち、片瀬夫妻と自分との三角関係に割り込んできた異質分子であるその電気屋の青年を、布美子は別荘にあった猟銃で殺してしまう。

片瀬夫妻と布美子との三角関係は、まるで翻訳していた英小説「ローズサロン」の登場人物たちのようだったと後で述懐されるシーンがあります。「ローズサロン」という小説自体架空でしょうが、3人の関係もかなり退廃的な人間関係だったと想像できます。しかし3人の物語は退廃的ながらどこか許しあった家族のようで、軽井沢の風景の中に溶け込んでいくとても美しい話。その夏の、2度とないだろう思い出の3人の姿を布美子はとても大切に思い、壊されたくなかった。そのことが、殺人の直接の動機でしょうか。

片瀬の妻、雛子は、夫が居ながら複数のそれも夫婦ともに友人らしき男性たちと関係を持っていて、しかも夫である片瀬自身がそのことを許していた。それを知って布美子は最初とても奇妙で許しがたく思うのですが、自分自身もやがて片瀬との恋に堕ち、夫妻と同居する三角関係にはまってしまいます。物語終盤になって、片瀬夫妻は、実はそうとは知らずに結婚してしまった、ある富豪の父を持つ腹違いの兄妹だったという理由が、やがて明かされます。

TVドラマでは、片瀬信太郎を井浦新が、雛子を田中麗奈が、主人公の布美子を石原さとみが演じていました。殺される電気屋の青年役は、最近よくドラマで売れている斎藤工でした。
一見アイドルっぽいけど、実はいろんな映画監督から評価が高いとされる石原さとみですが、やはり熱演だったと思いました。またひょろっとした風貌の井浦新が、小説の片瀬信太郎のイメージにぴったりで、実に適役だったと思います。田中麗奈の演じた退廃的な妻も、例えば目の演技とか見ていても、ひょっとして本人がそういう人なんじゃないかと思えるくらいリアルでした。

ドラマ化された方も全体的に非常に良かったのですが、いくつか原作との違いがありました。明確に違うのは、ドラマでは、ラストで布美子が鳥飼に連れられて年老いた片瀬夫妻に遠巻きに会う場面がありましたが、小説では鳥飼が夫妻に会いに行くのは布美子の死後です。そして、おそらくお茶の間に放送されるものの限界でしょうか。ドラマでは、片瀬信太郎が妻雛子が自分の妹だと知ってから肉体関係は一度もなかったと泣きながら語る旅館のシーンがあるのですが、小説では、露骨には描かれていないものの、そんな節度のある関係ではなかったことを暗示するシーンが何度かあります。そこはこの小説の大事なところで、実社会の倫理観からすれば退廃的だが、本人たち3人にとってはこの上ない美しい関係だったからこそ、そこに割り込んできた電気屋の青年を布美子が撃ち殺した理由がリアルに浮かび上がるというものでしょう。

原作には、殺人を犯す前に一度都会に戻った布美子の眼に見えた風景描写を通じて、彼女の特異な心理を描く章があります。その描写が実に深く秀逸だと感じました。文体は平易で読みやすいのですが、やはり内容のある本物の小説です。何とかのゼロとは大違いでしょう。