2010/04

村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は社会主義批判か?

うちの奥さんは、たま〜に鋭いことを言う。

この前突如文芸評論家に変身してしまった。

  「私「1Q84」Book3が出るまでヒマだったから、懐かしい『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を再読してみたの。あなたも読んだんだから、あの小説は2つの世界が平行して進んで行くの憶えてるわよネ。その片方「世界の終り」の方のストーリー。あれはきっと社会主義批判よ! そうに違いないわ。 たしかにそんなことは一つも書いていないけど、今になって読むと、改めてそんなふうに思えてきたの

確かに、村上春樹の『世界の終りと...』が出版された時代は冷戦のまっただ中だった。しかしあの小説から政治的メッセージなど読み取るのはこじつけに思える、と反論してみたが嫁の主張は強かった。

あの小説が読まれた当時、むしろその頃始まったRPGとの類似が指摘された。実際今でも、80以上あるアマゾンのレビューを見て、「世界の終り」が社会主義世界だなどとスッ飛んだことを言っている人などほとんど居ない。

初期の恋愛ものや、JAZZの話がよく出てくる軽い乗りで人気作家になったので、よけいに政治意識が希薄な作家という印象を持つ読者が多いのかもしれない。しかし現在の村上春樹の作風はかなり重いように感じる。嫁と違ってこちらはまだ「1Q84」Book2も読みきっていないけれど、思い出すに「ねじまき鳥」に出てきたモンゴル式拷問の話は相当きつかった。実際『世界の終りと...』は、後のダークサイドな系列の出発点だと、村上春樹自身が言っているらしい。

村上春樹という人は、オウム事件に興味を持ったり、 少し前のイスラエルでの講演などもそうだ、政治的な事象に無関心な作家ではけっして無いことが分かる。イスラエル講演での「卵」の喩えも響くものがあったが、一家惨殺事件を描いた『冷血』の作家トルーマン・カポーティをリスペクトするぐらいだ、個人の心や意識と、それに対峙する社会というものに無関心な作家ではありえないだろう。 ただ一方で、そういうことを露骨に書かないところが村上春樹の魅力でもある。

嫁曰く、「世界の終り」側に住んでいる住人は、一見平和でのんびりした、時間が鈍化した世界に浸っている。何の悩みも無いように見えるけれど、それは何が自分の悩みなのか考える意識自体を剥奪された世界だと言う。

外界から隔絶された高い壁、その閉鎖性。実は自分の欲望が何なのかさえ見えなくなった世界。 きっと統制政治の下で、意識の持ち方まで上から与えられた結果、思考停止してしまった人々の世界なのよと、嫁が言う。

では、対極の「ハードボイルド」の世界は資本主義世界か? 交流の無い2つの世界の対比は冷戦みたいなものか。まあそこは解釈微妙で含みやズレも多々ありだが、あえて無理矢理こじつけて、著者が現実世界を象徴化しているという読みも面白いかもしれない。

ハードボイルドの世界の主人公は、科学者によって意識の核にある種の思考回路を組み込まれているという設定になっている。ラストは悲しいが、悲しさはあの小説全体に通奏低音として流れているとも思える。

「世界の終り」側のストーリーは、一角獣の頭骨から夢を読んで暮らす〈僕〉の物語になっている。この「夢読み」の行為は何を意味するのか? あらかじめ決めら れた過去の思考をなぞることだけが許された、統制社会の去勢された人生か、それとも、意欲さえ疎外された住人が、過去の遺物の解読を通じ て自分達の世界の秘密を知ろうとする、微々たる意識行為と見るか。そんな解釈がいろんなふうにできてしまうことも村上春樹ワールドの魅力だが、どことなく記憶や意識を剥奪された人間を連想させる点は僕も嫁と同 じ感想だ。

しかしむりやり冷戦時代に対応させてみたところで、この小説は、単純な片方の世界からの他方の批判みたいな薄っぺらいものにはなっていない。そういう意味では、村上春樹が創る世界は喩えが複雑すぎて、単純なイデオロギー的利用ができない。「 そこはあなたの好きなオーウェルより上かもね」と嫁が言う。

ふだんはポワーンちゃんな嫁が、急に難しいこと語り始めて面食らったが、村上ファンの中では今でも最高傑作との評価が高い『世界の終りと...』を、僕もひさしぶりに再読してみようかな〜と思った。

511wd5d924l_sl500_aa300_それにしても、社会主義世界に例えるのは自由だが、その世界のタイトルが『世界の終り』とは、なんとも皮肉な......。

<-- 今のこれより昔の司修さんの装幀のほうが良かったかもー。

posted by jgb at 23:30 | Comment(1) | TrackBack(0) | 過去の記事
この記事へのコメント
はじめまして。古い記事に失礼します。
小森陽一という親共産党?の東大教授が村上批判本を出しています。「分かる人には分かる」のでしょうね。
Posted by AK at 2012年03月13日 18:19
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